Apr
6
公園で集う家族たち
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昨日は上野公園に行ってきた。ピクニックというか花見というか。子どもたちは楽しかったようでなによりだ。いつもは電車に乗るというと、嫌だという。上野公園は動物園に行ったことがあるから、響きには懐かしさもあり、拒否反応をせずに済んだのかも知れない。暖かくなってきたので、やはり外出したいものだ。それは昨日の話だ。
今日も出かけた。自転車に乗って図書館に行った。いくつかの本を借りていたら重くなってしまった。急に読書欲が湧いてきた。読む時間がなさそうだけど、がんばらなくちゃと思っている。
そのあとお昼を食べに幸楽苑のラーメンに寄った。すごく混んでいてこどもたちは待っていてもいいというので、入った。長女は案の定足りなくてお腹がまだ空いているとか言い出す。あとでほかになにか食べようと言ったら納得してくれた。最初アイスを食べようと思ったが、近くによく行っていた公園があり、スイカ公園に行く〜というので、そこに行くことにした。公園遊びといっても、我が家のスタイルは、放し飼いだから。わたしは読書。
公園ではかなりの子どもたちと家族が来ていた。わたしはというと、眠くて本を読みながらベンチで寝てしまった。暖かくて気持ち良かった。起きてから、まわりを見まわす。我が子はちゃんと3人で遊んでいる。ほかの子とは遊ばないけれど、ちゃんと3人で遊んでいるのだ。良いのか悪いのか。でも、兄弟の絆って本当に強い。わたしの兄弟はそれほど感じないけれど、自分の子を見ていて羨ましくなるくらい強いようだ。
いつもお姉さんをいじめているくせに、お姉ちゃんが家出するよというと、次女は「家族は5人でないと駄目なんだよ!」と宣言しているくらいだ。おまえがいじめているだろうが。涙がでちゃう話だ。
子どもを連れてきている親たちを観察する。日曜のせいか、あまり喜んでいない親たちばかりの気がする。なぜなんだろう。子どもをどうしても公園に連れてやろうという感じではなく、仕方がなく公園に来ているんだ、みたいな顔をしている。ひとのことも言えないけど。子どもを持つことはそれほど喜ばない親ってどれだけ平均値があるのかなと思った。
うちはさいくんが仕事だから違うけれど、お父さんではなく、お母さんだけが子どもを公園に連れてきている方がいる。子どもの年齢を想像すると、きっと平日保育園預けているのだろうと想像する。あるいはお父さんが出かけていて、お母さんだけが相手にするのが大変で外に連れ出したのだろう。いずれにして、みんな疲れているのだ。これはやはりヤバイ事実じゃないかなと思う。日本がヤバイのだ。見ていて恐ろしくなった。支えきれない感が強いんだもの。いつかはち切れそうな我慢が漂っている。
子どもはのどが渇いたと騒ぐ。なにをどうしたい?と聞くと、次女は買ってくるという。どうやって? 長女と坊やを残して次女はお父さんと買いに行ってくる、ということになっているらしい。そのプランに買った。近くのマツキヨのようなところでジュースを買っていると、ハイチュウも買うの! と次女。ジュースだけじゃたりないだろうという事実はなぜかすごく説得力があって、うなずいてしまった。
わたしはよく子どもを叱るのだが、こういう主張は親に負けずにどんどん出すのは、恥ずかしいのだが泣けてくる。ただの親ばかだけど、嬉しいのだ。
公園で漂っている疲れは気になってしようがない。
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Apr
6
2008.04.06
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日曜 晴れ
よしもとばななの日記サイトを購読している。読んでいてもなんか足りないと思い、ほかの作家の日記も読みたいと思うようになり、ふと前に角田光代も日記を公開していると思って、調べたらあったあった。一気に2005年のものから読み耽っている。意識して書いているからちゃんと公開できるようなものになっているけれど、でもブログもそれくらいの感情で書けばいいと思う。あれはお金をもらって書いているから、仕事として書いていると思うと、本当に仕事をしているんだなあと思う。失礼な発言。いや、だから、9時〜5時の間はすべて仕事だと決めつけてあとはプライベートというふうに割り切れる。なんで自分はそれが出来ないだろうと思う。非常に参考になった。急に図書館に行きたくなり、本を借りてきた。わたしはやはり本が好きだったのになあ。どういう道順にたどり着いたのか、今こうしてまた迷っているのだ。いつもラッキーというわけにはいかないから、今の仕事を割り切ってやってあとは早く帰る時間を作っていく。それしかないだろう。転職しても結局同じことを繰り返してしまう。わたしはハッピーではないのは、きっとそこなのだ。割り切れないことよ。嫌とかそんな問題じゃなくて、計画を立ててなにが問題なのか、問題なら解決していく。そんな腹の割り切り方で仕事をしないといつまでも感情的で続かないぞ。
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Apr
6
2008.04.05
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土曜 晴れ
仕事が行き詰まっている。本当になにがしたいのか自分もよく分からない状態がしばらく続いている。継続したいのか、やめたいのか。二者択一しかないのに、根本的なところの悩みが未だにふれていないでいるのは、逃避かもとも思う。考えていないと言われたらそれまでだけど、考えても先に進まないので困っている。焦っているだけでなにも解決されないまま時間が過ぎてしまい更に悪循環。自分の選択した生き方に自信を持っていないなあと気付く。なんと言えば良いのか自分も説明できない。逃げたいと言われたらそうかもしれないとみずから肯定してしまう。本当になにがやりたいのだろう、この年になって。
逃避行ではないけれど、朝早く出かけようと思い、子だちに食べさせて、あるいは早く食べてもらって、出かける準備をしていた。それでも10時半過ぎ。早いんだか遅いんだか。本当に自分の良くないところばかり気になってしようがない。
上野公園に向かった。Flickrで先週満開の写真を見たので、もしかしてもう過ぎているのかもと思いながら、行ってみたらやはり散り始めている。でも花よりダンゴで、場所取りは未だにやっていて昼から飲んでいる人たちで一杯だった。一番気になるのは、ワンカップの日本酒の臭いがプンプンしていた。一番綺麗な桜といえば、枝垂れ桜だった。1本の木だけにそればかり人が集まっている。写真を撮ったりするなかで非日本人がいっぱいいることに気付く。香港か中国の方。台湾もいらっしゃる。旅行シーズンだろうね。
旅行といえば、自分もすごくしたいのにできなくって、Flickrなどを見ているとみんなよく旅行するなあ。高いカメラを買ってパシパシと写真を撮りやがってアップしやがってと思いながら見ている。羨ましい。わたしはどこか欲求不満なんだなあと思った。惨めに自分を思う。これはだれかのせいでもなく、まさに自分がやってきた責任なのだ。自分の人生なんだから。よく考えて行動できるような器ではないと思うけれど、それでももう少し真剣にものごとを考えてこなかった自分がいることと思うと少し暗い気持ちになる。わたしはどうやってこれからやっていくのか、あるいは家族はどうなるのだろうということは考えられていないのかもしれない。これでいいのかなとまわりはみんな心配してくれていると思うけど、自分がどうしたいのかがよく見えてこない。逃避行だけは実行したい情けない自分なのだ。
駅前にてにぎり寿司弁当を買い求める。貧乏くさそうに節約しようとして、「お腹を満たす」ものばかり目がいってしまっている。心までビンボウだなあと情けないながら思う。いつまでもこの調子で続くのかなと思うと世界が暗くなってしまった。めちゃ晴れているのに、花見に行くのに。
上野公園でシートは持ってこなかった。適当に公園内の道の縁のところで弁当を広げた。三人ともお腹が空いているんだった。長女はいつも足りない。歌舞伎揚げも買ったので、それを食べてもらう。食生活からみたわたしの将来に対する不安は尋常じゃないと思う。写真を撮ったり歩いたり動物園の前のところまで来たり中に入らずに外で遊んでもらう。動物園は見るものはないだろうといつも思うけれど、子どもたちはいつも行きたいと言いながら外で遊ばせて満足したら帰るので、特別に入りたいわけでもなさそう。
結局3時頃に帰ろうとして上野駅でアイスを買って食べてから帰ってきた。電車のなかでみんな暴睡だった。
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