031 – 妄想の時間

あの恋の始まりは、きっとこうだったのではないか。そう強く感じた。

人のなり初めは、勝手に想像するのを憚りながらも物語はひとり歩きし始めてしまった。もうどうしようもなく進んでいっていて止まらなくなってしまった。止める理由もなく、全てはとても納得の行く形で進行し続けている。

そんなことが脳裏でメリーゴーランドしているうちにキーボードで書き留めたくて仕方がない。だが、ついて行けなくて物語は私の手掌から翼を羽化して飛び立とうとしているのだ。

裏舞台の監督のつもりでも結局は観客になってしまった。そんな錯覚に陥っているのだった。私は赴くままにそう従った。

目の前の冷めたコーヒーと現実に戻って、私は一気に飲み干してキッチンに立った。

夕陽は眩しかった。

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030 – 連休前の時間

ネコはだらんとサンルームで寝そべている。

人とのミスコミュニケーションで嫌な予感がした。挽回するにも連休前ではどうにもならないと思い、後の祭りにならないようにほかの用事を先に片付け出した。春はまだまだ先だと感じた。

同窓会の集まりに出席した人から報告があり、飲まなくなった身としては参加できなくてちっとも惜しいとは思わない。それは同窓会が飲み会と同義語のせいだろうか、あるいは年のせいだろうか。

連休で外で歩いている人が非常に少ない。そんな気がした。

ネコは幸せそうに日光浴を満喫している。

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029 – 手書きの時間

年賀状を書いていた時のこと。

年に何回も手書きなどしていないせいか、たったの十なん枚の年賀状を書いたところで手が痛かった。変な神経を使っているその感覚が不思議で不思議でならない。良い練習だと思ったものの、書けど書けど楽にならず。ローションを塗らなくちゃ。

来年からは完全にメールでの年賀状に移行しようと考えている。今のように単純なメールではなく、また今のハガキ年賀状を差し替えてもいいサービスをも期待している。だれに期待してんだか。

そして世の中の人間関係はもっとシンプルにしたい。それが目下の抱負にしたいくらいだ。

年賀状の人間関係をカテゴライズできずに何年も前からの悩みなのであった。

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028 – ハトの時間

メールチェックは週1。

知り合いにはパソコンをその程度しか立ち上げていない人がいる。本人にはまったく支障が出ずずっとやってきているようだ。

たまに旧友の誘いがあってーー年に何度かの程度ーー1週間か2週間以内で話を進めようとすると、「不在」の多いかれとは、なかなか都合が合わない。

かれとだけ電話で確認して老人会長の秘書みたくまとめた話を全員にメールで流す。その方法は自己肯定でしかないので、実行はもちろんしなかった。結局はいつもずれていたので、暫くは会わずじまいだった。

で、例年の飲み会の話が出てきた。

転職の多かった私にはメールを違うところに出して話が進んだところで、Gmailに来た。ズレズレゲームみたいな。来週の金曜になった。私は先約があるので、ダメですとすぐに返事を書いてメールを返した。

それでもハトメールは今週末か来週末にしか来ないだろうから、待ち遠しい。

027 – バナナパワーの時間

知り合いのなかにはバナナパワーを毎日必要な人がいる。

平日よりも週末、特に昼寝から起きたら奥さんに作ってもらったそれを飲むのが楽しみみたいだ。

ミルク一杯にバナナをミキサーに入れて砂糖少々加えて、よくブレンドしたバナナパワーは、殆ど一気飲みする。テレビCMみたいに、

「イッパツ!ファイト!!」

と叫んだかのようにすこぶる元気に見える。そして、次にお仕事を取り掛かる。

湘南方面の海辺にあるかれらのマンションからは海が見える。サーファーで賑わっている夏のビーチは懐かしい。

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026 – デザートの時間

家族でファミレスで昼食することにした。

設計的にとてもゆったりしているのがお気に入りだ。子どもたちは好きなものを注文し、大人はどれも誘惑たっぷりの写真に迷いながらもやっと決めた。

店内にはかなり混んでいる。若者より年上が相応しい日本のファミレスは、時代を物語るなにかを感じる。ファミレスと言いながらも立地や喫煙所の割合などを考えると、決して家族向けとは言いがたいところがある。

食後のデザートを頼んだ。

とても贅沢な感じがした。お金を払ってもまた来たいとそうお客さんに思って頂けるサービスとはなにか、私は考えていた。

飲食の究極はそこだと思った。

025 – 恋の時間

ガラス張りのそのレストランは、どの角席にいても外から降り注ぐ光を浴びることができる。例え一杯のコーヒーを飲むにしてもそれは幸福な時間に思える。彼女はそう思ったに違いない。

だが、彼女は日光浴をせずにひたすらケータイを弄っていた。細胞のような、皮膚の一部となったケータイから彼女は目が離せない。メールがあってはすぐに返事を書いているし、メールが届かない間はずっとメールチェックを繰り返して指を動かしていた。

一方、外の通りを挟んで向こう側には大きな公園がある。寒いにもかかわらず、幸せが空気中に充満している。子どもたちや親子の笑い声が芝生にこぼれ落ちている。中にはペット連れの方もいらして公園は日光で輝かしい。

さっきのレストランにいた彼女はケータイとにらめっこで時にはニヤリと笑顔になったり時には落ち込んだりした様子で喜怒哀楽を短時間で繰り返して体験しているようだ。最後には溜息をこぼしながらケータイを閉じて目の前にあるドリンクを一気にストローで飲み干した。

と、そのときだ。

公園側に目を向けた彼女の視野に入ったのは、一匹の犬だった。悲しそうにこっちにも見つめている犬と目があった。

2秒の間があった。レジに急いで彼女は支払いを済ませ急ぎ足で犬のほうに向かった。

日光は寒い空気を通り抜けて地面まで降り注いでいた。

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