ポストから 知人のお便り しみじみと

ポストから 知人のお便り しみじみと

昨年からもう年賀状を出さないことにした。相変わらず毎年届く年賀状は、やはりいいものだ。

なんらかの形でお返ししたいと思っているが、まだ具体的になにかがあったわけではない。

GTDに入れておこうと。

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428 – 新年の時間

映画を観るのが好きだ。

独りで観るに限るのだ。他人の感想を聞きたい年頃でもなくなった。必要なのは自分で観て自分で考えて自分で分析することだ。

年が明けた。

昨年は、暗い夜自転車を漕いでレイトショーを2本観続けて新年を迎えた。ディズニーランドを後にして帰っていったのを未だに鮮やかに思い出すことができる。

年末年始に普段できないことをあえてこの限られた時間にやろうというのは、人によるけれど、かなりの欲望の塊に思えることがある。

長いこと、この時間にやろうとしているのはなにか。

書きたいことがいっぱいで、脳裏に浮かんできたアイデアや疑問点あるいは気づきなどを書き留めておきたい。だのに、いざパソコンに向かっていると、なにも綴れない。

長年募っているアメリカにいらっしゃる退役のおじさんが最近書いたブログに激しく同意。

言いたいことがない訳ではない。ただ、誰かにほら言っただろうという繰り返しをやる気力がもう全く出ないという。

そう、書いて誰の反応も肯定も反論も期待しないから、結局書く気にならない。別にこれでもう書きたくない訳ではない。なにか違った趣旨が欲しいのかもしれない。

そんなことを考えて元旦を迎えた。

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抱負語る 新年のご挨拶 独り言

抱負語る 新年のご挨拶 独り言

毎年恒例のイベントとして、抱負など語るのがもはや年中行事になっている気がする。

そんな皮肉を込めて、1日1俳句を作る方が勉強になるのではないかと。

そういうわけで、どこまで続くことやら、ざまあみやがれですね。

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427 – プールの時間

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朝からプールで泳ぎたい。

そんなのを小さい頃から夢見ていた。

日本は気候的に無理なので、せめて海外や常夏の国に行った際に存分に泳ぎたい。それが夢なのだ。

マレーシアに出張中、居候中の親戚と朝一緒に出掛けた。

だれもいないプール。朝のせいか、水がまだ肌寒い。泳いでみるとちょっと呼吸困難になるくらい冷たい。

体力を使うのでいいと思っていたが、震えながらなかなか気持ちよく泳げないことに気づく。この体力の取られ方だと、あとで正午にでもなると、爆睡しそうな気がしてならない。まだ10時前なのに。

そういう時につくづく体力作りの大切さを痛感する。

でも、景色が素晴らしい。都会のはずなのに、ジャングルのような森が目の前にある。10年くらいで、日本みたいにどこもビルに移り変わっていくのだろう。

そんなことを思いながら、今を楽しみたいと切に思った。

あと一泳ぎしようと思ってプールに潜り込んでいった。

426 – 決断の時間

電子書籍を読みだしてから、紙の本を一切読まなくなった。良書もいっぱいあるのは分かっているが、急に老眼になったので、本屋に出掛けたりまた読後の処分にも困ることで読むといえば電子書籍のみとなってしまったのだ。

忙しいとどうしても読書なんかに時間をさばかない。情報は収集するが、書籍から情報や知識を得る選択肢はどうも出てこない。

全ては近道をさぐるのだ。

だが、明らかに進まないのは確かだ。より余裕を持って仕事を処理したい気持ちもあるものの、問屋は卸さない。

仕事が発生して飛行機に乗る時間ができた。片道7時間。これぞとばかりにこれまで未読でダウンロードした書籍を完読したい。

行きの飛行機では読書ができなかった。最後の最後まであれこれと仕事を終えてしかも深夜便ともあって、疲れ果てた身体は眠りに就きたいだけだった。

帰りは同じく慌ただしかった。だが、欲求だったのか、偶然にも結果的には予定の便に乗り遅れて1日伸びることになった。おかげで、そのまま空港で色々と済ませてはみたが、終えた気がしないのだ。

気にかけたことがひとつ。

片付けられないのは、結局私が決断すべきことなのにできないでいることだったじゃないかと悟った。

悩んでいると上手く処置できないまま時間だけ過ぎ去ることが多々あった。今回もそうだった。

空港で色々考えに耽った。

予定しない日なので、何も予定を入れないと余裕ができた。時にはそういうのが必要だ。色んなことを考え色んな意見を聞いてやっと意を決して邁進する方向が見えてきた。

帰りの飛行機で読書というミッションをも遂げられた。2冊ほど進むことができた。想像力が刺激されてとても有意義な時間だった。こういうのも必要だったのにしばらくは時間を作らずにいたから、心身とも不健康になったのではないかと思った。

さらに必要なのは、決断のみだ。タイガービールを飲みながらもうひとつ思考に耽ってみることにした。

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425 – 壁にある部屋の中の時間

壁の暖簾には、一枚もので外の太陽から浴びている陽射しを全て遮断してあった。

外の暑さを感じながら冷房のガンガン効いた部屋。冷熱も全て受けやすい造りとなっている天井からガラス張りの窓。これがマレーシアのクアラルンプール郊外にあるショールームだった。

先ほど目に入ったその一枚ものにプリントされたのは、じつに桃花源そのものだった。あたかも誰もが求めていた庭園うような憧れの家に思えた。

それぞれの家には距離があって、目の前に川が流れている。高い樹木に遮られ射し込んだ日射しは赤道に近い感じがしないのだ。もうひとつの特徴といえば、全体に漂うのんびり感が上質な時間が流れている。

私はその家が出来上がるのを楽しみにしている。近い将来に。

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424 – フェンスの中の時間

仕事でマレーシアに一週間ほど滞在した。

今回気づいたこと。うんと若い時にダメだったと思っていたことがだれかが実現して現実化したものが増えた。

例えば、住む家にフェンスなんかないところの環境がいいはずだ。でも、治安が良くなくて実現できそうにないと思っていた。

それができたのだ。目の前に現実化したフェンスのない庭園がだ。

より大きい住宅街の中にセキュリティを強化した警備員が巡回したりゲートがあったりするもの。中に住んでいる住民が安心できるように守られているコミュニティー。

だが、どうも違和感があるのにまたすぐ気づくはずだ。

生活圏の外側には、安全が未だに高価すぎる。

道で歩いていたらバイクにカバンを引っ張られて転んで怪我したり中には命を落とされたりする人もいた。

庭園の人気はますます高まる。内と外のギャップが埋まらないまま貧富の差がミゾの差異をあらわすものとなった。

日々の暮らしではそんな空気も感ぜずに私は、子どもの頃のように振舞っていた。

あの頃のように違和感があるままだ。だが、ここではないどこか自分の居場所があると思っていたのとは異質なものだった。

今感じた違和感は、ここはより貧しい国々の人々が集まるようになって、ますます私はここの人間ではないと思わされることだった。

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423 – ディズニーの時間

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ディズニーランドのそばにイクシピリアというモールがある。いろんなレストランやオシャレな店や映画館もある。

私はそこで映画を観るのが好きだ。

レイトショーを観るために、自転車を30分ほど漕いで出掛けている。今は車で行くことになったけれど、6回くらいスタンプをもらえたら1回くらい映画が観られる。

映画館が好きなのは、レイトショーにほとんどだれもいないことだ。ただ、それくらい満席率が低いと潰れちゃうじゃないかと心配だ。

とにかく、自分のホームシアターを持っているようなその感覚、私は大変満足である。

ディズニーランドの敷地内なので、帰りに駐車場までは歩くのはちょっと距離があるが、それもまた味わい深い道のりになる。

そんな映画館に行くのと帰るのは、私にとっては至福の時間なのだ。

422 – 夕空を眺めながらの時間

桜の満開は儚いからこそ美しいのならば、夕日も然り、なのではないかとそう思う。

晴れた日に夕空を眺めていると、気持ちがすごく落ち着く。こんなにキレイな自然を満喫せずにしてどうかと思ってしまう。そこからまた仕事なんかを続けなくてはならないとなると、かなりシンドい。

夕方だからって別に飲みに行きたい訳ではない。ただ、そこからの時間は、もう自分の時間でありたい。あるいは家族との時間に使いたい。味噌汁の味が街じゅうに漂っている時間なのだ。追い詰められた時間じゃない。

生き方としては、働く時間は1日にせいぜい2、3時間だろうと思う。8、9時間なんかオフィスにずっとパソコンとにらめっこするのは、ロボットに等しい。

生産性を上げるためにも夕空を眺めることを優先したい。

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421 – 冬に映画館の時間

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映画を観るのが好きだけど、忙しくなってそのまましばらく映画館に行けていない日々がかなりの間つづいた。

代わりにユーチューブから予告編を観ては、観たい映画をチェックしたりする。とはいうものの、やはり映画館で観たいものもあるし、いつ行けるかなと自分に聞いてみたりもしながら、結局この有り様だ。

しかし、ふと思った。

いつから行けるのだと言われたら、今でしょう? と答えられない今の自分がおかしくないか。時間は私の手にあるのに。

そこからは楽だ。兎にも角にもレイトショーに間に合うように映画館に行くようにした。毎週1回のペースで昔ある時期のようにかよい戻っていた。

人間のハードルは往々にして自分が一番の越えられない壁を作っている。

大スクリーンで観る映画の醍醐味は、音響ももちろんのこと、映画に適した演技などがあるからだと思う。

冷えきった車に戻りながら、映画を鑑賞した醍醐味を満喫した思いと遥か遠くに別の場所で別の人が違う運命などを辿っているのを思い出して、帰路についていくのが一番沁みてくるかもしれない。

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