390 – 通訳し翻訳もして兎にも角にも役に立てたい

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翻訳を部屋に閉じこもってやっていると、秋のポカポカが部屋を充満してくる。

扇風機を回す。夏とちがう涼しさ。暑いとどうしても落ち着かない。涼しい上落ち着くからなにか考える。

久しぶりの翻訳をやってこれまで嫌いなのは、色んな仕組みが分からなかったからなのではないかと思いだす。社会や会社あるいは、組織の仕組みなどが。今となってはやっと楽になった気がしてきた。

きっと誰かのために役に立てたい気持ちのおかげに違いない。

もっと日本を日本以外の人に伝えたい。そんな気持ちさえ持っていれば。

389 – チャンスの到来、機会を伺って

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来週からまた一週間通訳で留守にするのでそれまでにダラダラ過ごして韓流映画でも観ながら秋を満喫していようと思ったら、通訳関連の翻訳が追加されて、一気に引きこもりモードに切り替わった。

でも、昔ほど嫌いではない。少しずつやりたいことが増えていてじつは嬉しい。他の方のススメで水面下でまた新たな企画を進めているところ。こっちの方がめちゃ面白そうで、すごくやりたいことでもある。海外にはもっと往き来する仕事をやっていきたいとずっと思っていた甲斐があった。

全ては、自分の最初の第一歩から始まるのだ。

388 – 秋晴れに夜は中秋の月餅

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動きやすくなった秋晴れ。

眩しいほどの太陽を浴びていても、全身エネルギッシュにチャージされた気分になるだけだ。飽きないだろうな、秋は。ってちょっと枕詞を使ってみたくなる秋なのだ。

一日色々とこなしていても、全然時間が足りないくらいだ。スバラシキシンセカイ。きっと短い間しかないからこそ、大切に思えるのだろう。大事に使おう。

時間が足りない。

なぜそんな気持ちになるのだろう。焦り? それともやるべきことをやっていないから? でも、人生にはやるべきことなんてなにひとつないのに。私の焦りには、違う意味があるのに、自分が未だに気づいていない気がしてならない。

自転車に乗って道を走る。時間の使い方に疑問を持ち始めた。新しい方法で考えよう。

夜LINEに上海から帰ってきたマレーシア人の友人が返信が来た。やっと落ち着いたらしい。自転車を漕いで久しぶりに友人を訪問した。

色んなお話をして、そういえば満月の夜だっけと思いだして、そうだ、中秋節だ。ちょうど月餅いっぱい頂いた彼女の自宅で月餅をご馳走になった。

彼女は長年日本にいながらも月餅を食べない中秋節がなかった。色々と他人にお世話していたりするので、香港から台湾から中国からマレーシアからとにかく色んな方が月餅を頂く。

私は長年日本にいる間は、中秋節で月餅を食べたことがなかった。

動き出すべきと思った焦りには、失うものがあるからなのではないか。

そんなことを考えて満月を背に背負って深夜帰路に着く。

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387 – アキが来て変化と発見のお話

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季節が変わった。暑かった夏はどっかの遠くにある国のような存在となった。

その喪失感をあじわえるのは、秋だからなのかもしれない。失うのに嬉しいというのも変だけど、そういう感覚をわりと好きなのに今気づいた。

変化するのはやはり良いことなのだと思う。気づきが出来たり発見を見つけたりして、気持ちも衣更えしたい気分になる。

パスポートセンターでは、書類だけ揃っていれば子どもたちのパスポートが更新出来た。だいぶ子どもの頃に作ったパスポートも5年期限だと気づかないうちにすぐ切れてしまうのだ。

受領だけは、本人たちが行かなくてはならないのだが、3年生の坊やは居住確認では住所を未だに言えないことに気づき、これは嬉しい発見ではなかった。軽いショックを受けた思いだった。

変化といえば、ちょっと久しぶりに訪ねた古巣の街で思い出したこと。

埼玉県にいた頃は、3年間働いていたこともあって、飲食店については今でも常に考えている。もちろん、商売を考える上では飲食店に限らない。自転車屋さんはどうやって成り立つのかも考えるのだ。

例えば、なん百円のものばかりを売っている店を見ていると、どうやって売上が成り立つのだろうなど考えてしまうきらいがある。家賃がどれくらいで、出費が一番多いのはなんだろう。八百屋さんにしろ、ラーメン一杯にしろ、和菓子店にしろ、どれくらいの集客があっての売上か、気になって気になってしようがない。

自分の頭では考えられない理屈もあるので、自分の分からない商売だと、絶対手を出さないほうがいいと思っていたりする。

とある八百屋さんの前にシャッターを閉めたままでテナント募集中の張り紙を見ると、やっぱりかと思ってしまった。

しかし、だからって自分の考えた経営が成り立たないという優越感ではなく、複雑怪奇な色んな経緯があっての店じまいに違いない。

でも、良いのだ。失敗の数で我々は良くなっていくのだから。

パスポートを手に入れた子どもたちとこれから世界を観るのだ。日本だけが君たちが観ている世界ではないことを。

386 – 自分の「できる農業」

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2週間で茨城県での通訳を終えてドッと疲れが出てきた感じだった。

(週末の休みを挟んで次のまた1週間拘束の仕事が入っているため)牛飲馬食というわけには行かず、なんだかなにもしたくない中、電話をしたりメールを返信したり諸々の用事を片付けたりしていると、月曜日が来た。

今回の通訳を通じて自分の「できる農業」をさらにハッキリとさせることが出来た気がした。やはり人と会って色んな話を聞くことだ。

一度現場で耳を澄ましてよく聞こえる需要を理解する必要がある。

秋の気配が朝の空気を支配し始めている。

385 – 農業学課研修

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さる5月から農家で研修を続けている研修生たちは、この夏にまた茨城県に集まり、学課研修が行われている。

通訳で一緒に泊り込みで2週間の半分を過ぎたところ。

問題は色々あるが、成果を確実に見えている研修生たちを見ていると、応援してあげたい気持ちはやはり強い。

ここで乗り越えると、研修はもっと楽しくなるはずだし、もっと農業を続けていきたい気持ちも湧いてきて欲しいけれど。

現実問題として、今マレーシアの農業は、ほとんど外国人労働者を使って継続しているのだ。つまり経営者型の研修生しかいない。

自分で毎日汗をかくのは、彼らにとって日常的ではない。やったとしてもそれほど土とはカイワしているとは思えない。実習でやらせてみたところ、草刈りさえもできないらしい。基本ができていないのだ、ほとんどが。

ある意味では、美味しいものを自分の畑で作ろうという気になれない。畑で作ったものは、ほとんど売りに出して食べたいとは思わないのだという。

でも、日本でやってみて分かったこと。農家の作るものは、どれも美味しい。

その違いは、分かっただけでも、彼らに何らかの化学反応があったと思う。そう願いたい。

ただ、実際に本国に帰って農業を続けていくかどうかは、そっちが心配なのだ。親の継承ではなしに、ひとりの経営者としてやっていくには、まだおぼっちゃまたちには厳しいものがあるように思えてならない。

何とかできないものかと考える。

384 – 未来は今日の子どもたちが創るのだぜ

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Children today shape the world tomorrow.

お客さんの自宅にお邪魔した。頂いたお水のマグカップにタイトルにあった英語の綴りが書いてあった。

想像してみた。

私は何故かこういうキャッチにはあまり興味を示さない。子どもがいるのになんで興味がないの?と聞かれる。

興味がないのではなく、興味を示さない。自分に持っているもので、改めてキャッチにした気付きをイチイチ反応するのは、意味が分からない。

あるいは、それを読んだ私は、なにを思いついたのかって?

そうだね~。終わり。以上。

そう考えると、今の自分のやっていることも自分以外の他人や社会まして国家に変化をもたらすようなことを思っていない。かなり庶民的かもしれない。

逆にいうと、これまで生きてきた分は、全て他人から頂いた恩恵に預かっている、とでも思わない限り、恩返しとまでなくても、あまり社会貢献に携わらないのではないか。

おまえの感謝する気持ちはどこに捨てちまったのか。

いや、最初から持っていなかった可能性が大です。

私はだれかのためになにもしてこなかったのかもしれない。

383 – 自家製チリペースト

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友だちから自家製チリペーストを頂いた。「失敗したから、持っていけ」と。

そんな。と思いながら持って帰ってきた。味を嗅ぐとなんだかエビのチリペースト炒めが食べたくなったので、帰りにちょっとスーパーに寄って解凍エビを買い求めた。

酸っぱ味の欲しいチリペーストなのだ。レモンも絞って。味がエビに沁み込むまでは、あるいはマレー語でいうと、「油が破けるまで」煮込まないと旨味が出ないのだが、簡単に炒めて食べたいだけだったので、ご飯の一品に。

良い味!

ご飯のおかずはやはりこういうもの(どういうもの?)でなくちゃ。舌がうなるほどのうまいもんを頂くと、饒舌になる人もいるが、私は純粋にじっくり味わえるタイプなのだ。

382 – ネパールもインドもナンにカレーでした

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インドカレーが急に食べたくなった。

洋食屋のカレーも美味そうだけど、工場でのものをちょっと炙ったりオーブンでチンしたりして出てくるナンよりは、空中で回したり(普通はしない!)するナンが食べたいので、通りかかったインド・ネパールのレストランに入ってみた。

ランチでチキンカレーとマトンカレーの2カレーを選択し、900円なり。

店は3組の4人しかいなくて、こういう経営は本当に大丈夫かしらんと勝手に思っちゃう。きっとカレー専門店(メニューには色々なバリエーションがあるが)の儲かる仕組みが分かっていない。売る側の儲かる仕組みも顧客側の価値も。

顧客側としては、疑問を感じること。カレーってバリエーションがなくても結局お腹いっぱいになるのは、ナンのせいだろう。そのナンはそれほどお金を取れるはずがない。であるならば、カレーにあるに違いない。でも、あの小さなボールに入っている分量はいつも肉が少ないと感じるけど。スパイスは値段が高いよと言われても納得があまり行かないけど。どうだろう。

価格帯は売る側と食べる側は合っているか(自分にはディナーは高い気がしちゃう、あくまでも個人的に)。

価値観が合わない商売は手を出すなという。はい、承知いたしました。

美味しくてナンを半分追加した。結局食べ過ぎてちょっと苦しかった。

381 – 高速道路

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5、6車線に慣れた者としては、東京の高速は本当にこれって高速というの?という感じだった。

初めて高速を見た・乗ったのは、おそらく六本木にあるかつてANAホテルだったところの前にある道じゃないかと。近すぎて庶民な感じがしたのだった。

留学生時代はもちろんそれほど車に乗ったこともなく、だれかの車に乗せてもらい、ドライブする程度でしかなかった。

車社会で生活していた感覚からすると、日本は車を出して使うのにすごい不便なことなのだ。歩いた方がいいとか、電車で行った方がいいとか、そう言われると、本当にビックリしたものだった。そういうことをいう私が田舎者だったのだ。

そのうち自分も車なしでの生活をしばらくするようになり、確かに要らないとも実感した。

車はあった方が便利だと改めて思ったのは、子どもたちがまだ小さい時だ。大きくなるにつれ、どんどん遠くへ出かけるようになりたい時に。その際はもちろんどこから高速に乗るかはよくある会話だ。

今になっては乗る前に、高速の風景ーーどの辺でその建物が見えるとか、ここに来るとなぜか元同僚の顔が浮かぶとかーーはすでに見慣れたものとなっている。

だが、さらに俯瞰する形で展望階から見た高速はまた格別のものだった。渋滞に巻き込まれている行列の風景。特に夜の場合、ニュースで見たあの上りと下りの2つ異なる色と混みぐあい。

それを別の角度から改めて見眺めていると、引き出しみたいに、古い過去の思い出がいきなり引っ張りだされたように色んな人を思い出す。

我々はどうにか近道を探して出来れば早く目的地に辿り着かないかと奮闘するけれど、人生ってそんなのって最初からないよなあ。

他の皆と同じことを考えているなら、高速だって渋滞にはさまれて、先に進まないものだろう。

ほかの手段で考えなくちゃ。高速に走れる自分の道のりを。

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