447 – 対岸の彼女

*書籍のタイトルを拝借するのはそれほどピッタリなものはないからであり、決してパクリではない。

インドネシアで移動中のこと。

東京に戻る飛行機に乗るにはシンガポールに入る必要があるが、しかしながらそうやって地理的制限内でいろんな仕事を作っていくのが我流なのである。

いつものことだけど、マレーシアやインドネシアとシンガポール辺りで現地に入ればあとはiPhoneのアプリで格安航空券を検索しては乗り継いで行く。ナン千円の航空券はもはや日本で長距離バス(あまり乗らないけど)並みでの手軽さでグローバルなビジネスパーソンの如く出張ができたわけだ。善し悪しともかく事業をも“ついつい”と展開してきた私。

それぞれマーケットには各々の特徴や活かす特性のある若者で溢れている。己の微々たる知恵で無限なる欲望を満たそうなんて微塵も考えていない。やりたいのは、これまで出会った研修生たちはみんな面白い展開を期待しての支援なのだ。可能性があるなら支援してみて新たなるビジネスができるとまたほかのだれかがつながって行くことだろう。

今回はインドネシア国内で移動している先にはライオンエアしかなくて、遠くに飛びすぎて距離的に近いけれど頻度が高くなくシンガポールに直行便が飛ばないため、乗り継ぎが必要になった。

南国のラテン系の性格も手伝って折角のことなのでわざわざシンガポールに近いバタム島に飛んで一泊してフェリーでシンガポール入りすることにした。

そして対岸にあるシンガポール。

轟々たるネオンとビル群の影法師が島の静けさを浮き彫りにし暗闇に漂う中で、夕方の海岸でなぜか隔離感が私を襲った。

彼の地でビジネスを展開しようとしているのだが、果たしてどうなるのだろうかと頭によぎる。色々とやってはいるが、どうも自分は斜に構えている傍観者そのものじゃないかと。シンガポールは知っているようで知らない彼女のこと。届きそうで届かない対岸にいる苛立ち。こんなのでいいのだろうか。

子どもの頃からシンガポールにいる親戚を訪問したりしていたものだった。決して遠い存在感の隣国ではない。しかしどうも好きになれない。無味乾燥な表面的な価値観しかなかったのかもしれない。

今はもう豊かになって深みを求める本当の国際社会になってきた気がする。それでも深入りしたいほどまだ魅力が今ひとつ。だが商売するならシンガポールを活かしていきたい。

きっとB’zのうたっているように「オマエの胸で窒息したい」ほど深入りしないといけないのかもしれない。そんなことを考えた。

天井の高いシャレーにまわっている扇風機とともにメリーゴーランドのごとく瞑想は暗闇に彷徨いまくりながらも邁進していくのだった。

シンガポールに向かうフェリーにて

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