437 – 旅ガラスの時間

ずっと同じ場所に居ると、ここではない遥か彼方のどこかへと移動したくなる。人の情というもののイタズラだとずっとそう思っていた。

また恐らく多くの人がそう思っているであろうこともあり、それももっとも私を旅立たせる一番の理由なのかもしれない。

いっときは本国に帰りたいと思っていたものの、いざ戻ってみるとどうもそこは私を受け入れてくれそうにないと嘆いていた若かりし頃があった。言葉で説明できぬ疎外感に私が襲われていた。

帰りたいのに帰る場所がない。

だが、だんだん帰る場所がないのが人間の基本ではないかと悟った頃には、私は世間のいう中年期に突入した。キャリアもない、お金もない、青春もないという三ナイだけが手のひらに宿ってなかなか離れてくれないでいた。

年が重ね心もだいぶ鍛えられて、帰る場所を探し求めることもなくなったけれど、帰るべき場所は自分の心にしかないのだと釈迦様になった思いに近い心境を味わえたこと時に私は人生がすごく前向きになったと感じる。

一方、ここではないどこか遥か彼方とはどこなのだろう。ジンセイの目標を失った代わりに生きる目的達成を求めることを生き甲斐とする自分がいた。

何故ここではダメなのか?それはきっと同じ日々の繰り返しに持たされる倦怠感が耐えられないのだろう。

旅ガラスは常にどこか遥か彼方へと向かうことを生き甲斐として日々を暮らしていくのだ。

私は旅ガラスになりたい。

via iPhone6s

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