412 – 夏日の時間

暑くなると、何もかも忘れて水にひたしたいと思うことがある。

プールでもいいし、川でも涼しいところであれば問題ない。

海は夕方以降で海辺で涼む程度でしかできないので、ひたすことができない。家かホテルでのシャワーを浴びてからか。

となると、もう水にひたしたいお話ではなくなる。

でも、水にひたしたい。

大卒したての頃よくプールに入るために当時ある社長のコンドミニアムに通っていた。プールでひと泳ぎしたあと、ジャグジーにひたして、何時間も瞑想していたものだったのだ。

夜空を眺めて、ずっとこういう生活が続けていたいと思った。優雅に物質的にも豊かな生活を暮らすこと。

それまでにできた生活ではなかったが、一時的にとはいえそうできた(と思えた)時点でさらなる高峰をめざせることができた当時の自分を誇らしくも羨ましくも思った。

あれは、若かったからじゃなかったと思う。無知で世界がぐんとひと回り小さかったからにすぎなかった。

その後、マイワールドがつづいたが、外の世界に対して諦観をしはじめて、世界の極限が果てしなくあるのだと知ってしまった。そして自分がぐんと小さくなった。

小学高学年の頃からSF小説にハマり出した。宇宙の果てに行って、誰かの引き出しに出て行ってしまったという夢を見ていたことがあった。

おそらくあの頃からだったのだろう、悲観にも希望にも言えぬ自分の想像できる世界のスケールにガッカリした。

水にひたして、のんびりと過ごしたいのは、きっと暑さにやられてのことかと思う。

世界は、どうでもいい。涼しけりゃ。

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