400 – いつものハッピーチャイルド

20131117-002050.jpg

子どもを連れてマレーシアとシンガポールに行ってきた。

親バカ丸出しと言われるだろうが、我が子はやはり南国生まれの明るさをDNA的に引き継いでいるのだかもと思った。あるいは、子どもは先天的に生まれつき持っているのかもしれないけれど。

前から、なんで子どもに英語を教えないのとか、中国語が出来ないとうちとは全く通じないじゃないかとか。そう言われながらも小6の長女が一番みんなの子どもの面倒を見るし、良く子どもたちと遊んでいる。

20歳になって初めて日本語を覚えた私。あれからの人生は日本語で生きてきたようなもんだ。そのことを証明するかのように私はなにかを訴えていたいのかもしれない。

言葉を問題視している人ほどコミュニケーションが取れていないのではないかと。

宣伝病のごとくみんなと仲良くなって、どこでも遊べる。

何よりな事実だ。

399 – 一時帰国あるいはいっときの海外旅行

20131111-071520.jpg
故郷から離れることはいろんな意味でそこに自分はもう成長しないことだと思う。どんな理由があろうと、そこには自分は存在しないことなのだ。

しかし、情があるのは人間なので、 違う環境で成長しまくって、故郷に戻ってみると、客観的に色々と感想を述べる。やってはイケナイことだが、みんなついやっちまった。感想という名の批判。そこで色々と生じる。

そこに生きていない自分はとやかくいうべきではない。言っているうちは花と思われがちだが、そこで長く生きていく人たちには失礼万全に違いない。

毎回のことだけれど、どこかここは自分の所属感が得られるのではと思って戻ったりしたものの、どうも違うという繰り返しから学習しない喪失感だけが確かな感情だ。

たっぷりと喪失感を味わえて次なる目標に邁進せよ。ここではもう成長しないことを思い出して。ガイジンとして振る舞えるしかないことも忘れずに肝に銘じておこう。

398 – 予想外を予想通りにオソウ

10月に書きためていた文章をマレーシアで投稿している。

——————–
20131111-063358.jpg

秋の空を満喫しながら朝早く出かけて行く。

朝日は本当に美しく輝いていて、毎朝川辺で写真を撮っている人がいる。私も毎朝撮りに来たい。仕事がなければだが。

仕事の魅力は仕事の中にあるとは限らない。ときには理解できないような、自分でどうしようもできない理屈は、あまり頭を突っ込まないことだ。

もしも問題が発生したら、あるいは波紋が呼んだらそれはそれで仕方ないので、処理にかかる。組織が大きいと、なんでもかんでも関与したがる人はいるが、それが生き甲斐ととりかかっている節がある。ここで仕事とは語るつもりはない。でも、仕事が出来るようには思えない。

仕事にはそういうことも発生する可能性が高いと分かっていれば、きっとジンセイは少しラクになる。あとはかかってきたときに対処方法を持ち出せるように備えることだ。

明日の朝日はまた美しく輝いて昇ってくるに違いない。

そんな俯瞰的な心境なのだ。

397 – 朝が来るまで

20131008-205145.jpg
秋が深まると、自宅で韓流映画の上演時間が増えてきた。

いつからだろう、韓国映画にハマり出したのは。

字幕の問題。

英語の映画を観るのに日本語字幕を追うことは、ときには理解の助けになるので、助かる。だが、例えば他の言語、フランス語だったりスペイン語だったりすると、途端に拒否反応をおこしてしまう。

理由を考えて出た結論はこうだ。

理解のできない音は、たとえ(日本語)字幕があっても、なかなか受け付けできない。

音なしでも字を追うだけの学習ができる日本の教育は、大したもんだ。

韓国語は全くできないので、私的には英語よりもフランス語に近い感覚だ。だから、今までは、理解できない音と日本語字幕での組み合わせは、鑑賞できなかった。

だが、いつの間にか理解できなくても耳が馴染んできたのか、拒否反応がなくなった。

もう一つの理由は、韓国映画やドラマはどういうストーリーの作り方なのか興味が湧いてきたからにあった。

やっぱりアジアの国だなあと。これまで自分にない価値観でもストーリーとしてよく理解できる。

歳のせいかもしれない。

未だに誰が誰なんだか、覚えられそうにない。でも、演技のうまい俳優はやはり人気が出るのだ。誰かが評価してくれている。

努力は人に見せるためにやることじゃない。闇が深まる頃にでも自分のために邁進するのだ。

396 – 時は過ぎ行く

20131005-223334.jpg
リサイクル店で見掛けた高そうな時計がなんだか自分を待っているように思えて連れて帰ることにした。3,000円でおつりが来た。

前からシルバー系でデカイ時計が欲しかったのだ。でも、なん万円もするものにお金を費やす心の余裕なんかなかった。今でもないけど。将来もありそうにない。

デカイ時計に似合う手があると思う。貧弱、しつれい、繊細な手なんかはちょうど良いサイズの腕時計を見つけるのに苦労するだろう。知らないけど。トンソクみたいな手だと、品が悪い。腕時計には失礼だ。

手首のところだけの肉付けができればいいけれど、手だけ輝いて、全身のバランスが崩れていちゃ、おれセンス悪いけどなにか?みたいな発信者で、自分の首を絞めるような暴挙だ。

でも、男性にはやはりちょっと大きめのほうが人気なんじゃないかな。キョコンと同じでサイズ・ダス・マターなのだ。

付けていて、突然バンドのネジが外れることがあった。仕方なく時計屋に見てもらって合うネジがなく、間に合わせのものを入れてもらったが、再び外れてしまった。

バンドそのものを変えようかなと思ったものの、そのジャストフィットのサイズにやっぱり合うバンドがなく、なぜか真ん中に金色が入っていたりするものばかり。世の中の時計メーカーに聞きたい。オリジナルでは、全シルバーなのに、何故取り替え用のバンドは、全シルバーの選択が殆どないに近いのか。そんな金色入りの趣味の悪いものがだれが買うのか。

急に品が悪くてすみません。

結局修理屋のメーカーに依頼することにしてみた。特殊ネジで見積もりが来て2,520円也。いつも行っている時計屋さんが気に入っているので、お願いすることに。こういうのって結局信頼関係だよな。

今のところとても素晴らしく動いていてくれている。日本の修理って本当に気持ちの良いサービスをしてくれるのだ。この国は捨てられない。

刻まれていく時間に、作りたい想い出を子どもたちと一緒に紡ぎ上げていきたい。腕時計を見ながらそう思った。


395 – 心洗われるひととき

20131003-143500.jpg

氷点下ビールを飲んでとても幸せな夕方のひとときだった。

色々とやるべきことがあるのに、どれも中途半端に進まなくて、不安定な期間がやっと過ぎたところでのビールだったので、確かに旨い!

毎日飲みたいところだけど、控えめに。そして、ツマミにハツと小松菜の炒め。極楽極楽。

たったこれだけのことなのに、人生最高に思えるなんて人間って不思議だな。

今日も一日生き延びられたことに感謝深謝!

394 – 虹色の夕焼け

20130930-174842.jpg
秋の空は、毎日変化があって飽きない。

朝も日中も夕方もいつも澄んだ秋空を見上げると、なぜか疲れを感じない。不思議な季節だ。

あるいは、やりたいことが増えていて時間が足りないと思っているせいかもしれない。

輸出、農業通訳、農業関連事業、トレーニング事業、スピーカーの仕事などなど。やっと来たのだ。

夕日を見ながら、消えていく大切な時を惜しんでではなく、次に来る朝日が待ち遠しい。

そんな心境だ。

393 – ガールズトークならぬメンズトーク

20130929-220825.jpg書くかくカク、とにかく書こう。

心底には、そんな声が聞こえてくるが、手が動かない。あるいは身体全体が。

取り敢えず写真を利用して刺激を求めてみた。選んだ写真に対してなにを書くか考えればなにか書きそうだ。だが、結局食べものの写真ばかりになってしまう。ここで食いもんの話を持って行くと、大変まとめづらい話になりかねない。あかんあかん。

最終的に心の赴くままに選択することにした。

ワイン。

ああ、あの時のことを思い出した。この話を書くしかない。といっても大した事ではない内容で恐縮する。

あまり友だちがいないのだが、最近仕事で出会った新しい人は、今後ビジネス・パートナーなり良き友なりになりそうなのが増えている。仕事を作っていきたいと思って、目下共通点を模索中で一緒に仕事が出来るようななにかがあればその方面に持って行こうと考えている。

なかなか出会えないのだが、それだからこそチャンスを自分で作れば良いのだと改めて思った次第だ。

未来に乾杯だ。

392 – 卸売市場建設について

20130928-095548.jpg
アジアには、ちゃんとした卸売市場がないところがたくさんある。

卸売市場がないとはどういう意味なのか。生産者の販売したものは、自分の力で消費者に届けるのに、どういう流通が必要なのか。可能なのか否か。

価格設定は、どういうふうに決まるのか。また、どういうふうに決めるべきなのか。変動幅の激しい価格には、生産者と消費者にとってどういう意味があるのか。

市場開放すべきというのは、だれにメリットがあるのか。

そもそも食べものって、どういう意味なの?

人を良くするために食べる。

何ヶ月も要する作物は、テーブルに上がれば、一瞬に飲み込まれてしまう。美味しいから食べるのか、生きるために食べるのか。

我々は、生きていたいだけなのさ。

20130928-095701.jpg

391 – 中央卸売市場への見学

20130925-150041.jpg
通訳で卸売市場を見学してきた。

政府関係者への通訳を通じて、価格安定の意味合いや生産者への継続生産の配慮、市場に流通する食料の重要性。

これまで農業研修生に通訳したおかげで政府関係者がとても満足した視察ができた。

まとめて世間一般の人にもオススメしたい知識ではある。

日本は、どうしてこんなにも安定した社会が存在し得るのか、こっちのほうも大きなテーマとして考えさせられた。

その分析を分かりやすく説明できる人は必要なのだ。

タリーズコーヒーを飲みながら、次の会議でそれを伝えることができればと思うのだが。

1 2 3 35