某ウェブマガジンの無料講演に行ってきた
企業セミナーに行ったのだが、外国人の方が基調講演に来日しているので、参加してみたわけだ。そこでかいま見た日本企業、大手企業のスピーカーのプレゼンの貧弱さ及び勉強不足があまりにもひどいもので、残業している場合ではないだろうとつい文句を言いたくなるほどのものだ。
- プレゼン資料が間違っているとか言っている。どうよ? 復習しろよ。秘書にやらせるな。自分で管理しろ。名誉の問題だよ。バカがバレている。恥をかいている場合じゃない。
- 3番目のスピーカーが基調講演を聞いてから、もっと違うものを出した方が良かったとか言っている。まずいじゃん? 自信のない資料をよく出しているよね?
- スピーカーがしゃべっているうちに、すでに疲れ果てているサラリーマンが眠っている。起きて帰っていかれた。資料をもらいたかっただけなのだ。使えない資料だぜ。報告できるの? おい、起きている? わかってんの?
- タイムリーな情報提供が出来ないスピーカーが多い。なにをしてビジネスしているんだろう。今までの企業は7割のコストをメンテナンス維持にかけているというが、打破すべきなのはスピーカーからお願いします。
- アプリケーションの講演なのに、それぞれの企業はアンケートに名刺を張ってアンケートの記入をお願いしている。効率化について商売している方々・企業様ですが、なにかわるいです?
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少し贅沢なくらいの晩ご飯がちょうどいい
一日疲れ果てたあげくに子どものバレー練習が5時〜7時と来て、もうご飯を作ろうという気が湧かない。そんな時間にはチェーン店の料理は惨め過ぎて近所でそこそこ値段のするピザ屋さんに行くことにした。幸せとは本当においしい料理を食べることだ。
写真は携帯で撮ってMicroSDカードをリーダに入れてパソコンのUSBで読み込んだもの。同じメーカーだけど、携帯のほうがはるかに綺麗。人生も心も美しくなるw
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ピザ・クリスティナ
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初夏な日曜日
金曜日の夜に映画に行って来た関係で、5枚1000円で借りたDVDを消化しきれなかった分を土曜日にしようと思っていたものの、結局出来なかった。上の二人は週末にバレーボールの練習があり、送り迎えが中途半端でうまく時間を取ってフル活用出来ないでいた。
日曜日を迎えた。
さいくんを駅まで車で送ってから、DVDを返してクリーニング屋さんに寄ったけれど、9時前でバイトの子(いつも思うのだが、ちょっと手際良く仕事が出来なさそうだ、きみ)が鍵を開けたところで、まだ始まっていませんと言われたので、帰宅して来た。
廊下から駐車場を見渡す。
そう言えば長女は望遠鏡をもってキャンプだか山に登りたいとか言っていた。あいつなにがしたいんだか今ひとつ理解できない。昨日近辺地図で山とか登れそうなところはないかと当たってみたなかでピンと来るものがありそうになかった。
余談だけど、プレイスポットでカーナビを探すと近辺のラブホテルが真っ先にトップから並んでいる。モラルとか、子どもがいるとか、そんなものを無視して、優先されている客層って、だれだろう。ドライブする人達? 物づくりの達人と言われる日本の次の物づくりの心は、思いやりと選択肢の幅だ。
佐川急便のおじさんが代引きの荷物を届けに来たけれど、代引きだと忘れて財布にはお金が足りなかったことをお詫びしたら、ムッとされていた。ごめんなさい。足労させてしまって。急いでママチャリを走らせてお金を持って来たら、玄関でちょうど私の荷物だけを乗っけた台車を押しているところを見かけた。声を掛けてその場で支払いして荷物を取った。荷物の仲間の話よりは、このおじさんとのキャッチボールによる感情の起伏を書きたいところだ。
そろそろバレーボールの送り時間だ。ご飯は何にしようかな。
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文学界新人賞にイラン人女性、初の非漢字圏出身者 : 文化 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
文学界新人賞にイラン人女性、初の非漢字圏出身者
第108回文学界新人賞の授賞式が8日、東京都千代田区の文芸春秋で行われ、小説「白い紙」で賞を受けたイラン人女性のシリン・ネザマフィさん(29)は「新人賞は手の届かない存在だったので、うれしい」と話した。
今後は「人間そのものの生き方や考え方を描けるようになりたい」とし、京都を舞台に作品を執筆したいと、抱負を語った。
ネザマフィさんは、テヘラン出身で、来日10年。現在、大阪府内の大手電機メーカーでシステムエンジニアとして働いている。同賞の受賞は非漢字圏の出身では初めてとなる。
(2009年5月8日21時51分 読売新聞)
本を読まれなくなっているとされる日本。そこに文学界の責任でもあるのだ。面白いものをどれくらい産出しているかにかかっているからだ。そこには国際化が進んでいないという指摘は前からあったと思うけれど、日本人は外からのものを受け付けているように見えるけれど、実際かなり閉鎖的になったのは、メディアの役割でもあるが、国全体的には「気づき」が出来なくなっている気がしてならない。
限定的に、文学界新人賞に、非漢字圏という言葉には、深く追求せずに逃げている感じがする。ナイブさが見え隠れしていると言えば聞こえがいいのだが、イラン人を優しく迎えてやりたいというようにしているつもりかもしれないけれど、紙一重で相手をバカにしているということも言える。日本って本当に終わり? 悲しすぎる。未だに日本語が難しいと思うのは、日本語が分かっていないからじゃないか。勉強しようよ! 日本語のニュアンスを説明できないのは、今まで考えていなかっただけであって、日本語そのものの問題ではない。科学で分析できない言語なんてひとつもない。「不可能」というのは日本語を使っている人間の能力不足に過ぎないのだ。
もっといろんな背景の人に物語を聞かせてもらおう。それが日本文学にもっとも必要な基本姿勢だと思う。










