431 – 帰る場所がない時間

このポストはだいぶ前に書いていたもので、2015年7月とある。あの時の心境は今でも分からないのが正直な気持ち。
長らく放置していたメルマガやウェブサイトを眺めていながらも何かを書き残したい気持ちがあるものの、文字に置き換えて吐き出して書き残せない。
この悶々とするガンごとく障害たるものはきっとこのような形で表現するものじゃないだろうなと薄々感じる。あるいはもっとちがうプラットフォームを必要とするかもしれない。じつは良うわからん。
それか、それを引き起こす何かが欲しいのかも分からない。
そんなことを考えて動き出したことがある。
かつて自分はどこに属するのかいつも不安に思うことがある。
帰るべき場所と思っていたところには自分の居場所が見つからない。どことなくここではない、どこかという気持ちだという思い込みに掻き立てられて落ち着かないままでいたのだった。
だが、ある時に悟ったのだ。
場所という物理的空間にどうしてこだわるのだろう、と。
実際の居場所は心の中にあるんじゃないかと。そう思うようになった。
飛行機の中で瞑想にひたっていたデジャヴュというのもあるかもしれない。

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430 – 空白の時間

久し振りにブログを書こうと思って、振り返れば最後にブログを書いたのは昨年の正月頃のことだった。時は過ぎ去っていく。

抱負を書いてあとでまた忘れるのがオチなのだろうか。ならば言わぬが金言なのかもしれない。 (さらに…)

短歌切れぬ 自己逃避という 俳句づくり

短歌切れぬ 自己逃避という 俳句づくり

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ふと原点に 降り戻ったとこ からスタート

ふと原点に 降り戻ったとこ からスタート

前進しているつもりで、ふと振り返って、あっ、この選択は間違っていたかもと反省する時がある。軌道修正している間に気付いたら、同じ原点に戻ってきた。そこからまたスタート。

前進しているのかなって自問自答している自分がいる。

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雲の多い 三連休の中 家族温泉

雲の多い 三連休の中 家族温泉

行きつけの銭湯に行った。かなり混み合っていた。家族連れは普段でも多いが、「慣れない」若者が多く見受けられた。きっと連休にお父さんに誘われて来ているのだろうとわかる。友だちがいない若者はすぐに寂しそうにたたずむのは、よくある風景だ。

見上げると、夜空には期待していた星空がなく、あったのは満点のドーナツ雲だった。

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田舎道 の突然とある ラブホテル

田舎道 の突然とある ラブホテル

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あくまでも 会いたくてというストレス

あくまでも 会いたくてというストレス

人は会いたいという欲望が満たされない時にストレスを感じるというが、会いたくて会いたくてしようがないという精神状態も一種のストレスなのではないかとも思える。

空港でお迎えをしている間に周りの人たちを見て、思った。

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照らされて 星々と年初の満月

照らされて 星々と年初の満月

昨夜温泉風呂で見上げると満月が闇に掛かっている。煌々と。新年の月見初め?なんてない言葉を強引に作ってみた。

新しいことは歓迎されるのは普通なのだろう。新月のように。

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言の葉を かき立てられて 切る啖呵

言の葉を かき立てられて 切る啖呵

日本語をひと通り読み書きができると、さらなる高峰を目指すのは世の常かと思うが、その考え自体は果たして常識的範疇かどうかはなはだ疑問符が頭の天辺から飛び出しそうではある。

和歌を詠む心は、おそらく道のりが険しいけれど、せめて努力すべきものかなと。

短歌もしばらく前にやっていたこともあるが、字を埋めるだけの作業でちっともセンスがないことを発覚・撃沈。できないからこそやりたいにようなものかもしれない。

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月曜日の 仕事始めは 渋滞から

月曜日の 仕事始めは 渋滞から

早起きしてついやりたいのは、ラジオを聴くこと。今では別所哲也だが、前はクリス智子だった。個性の違いなので、誰が上とか下とかはない。

つけて聴いていると、少し安心する。やはり朝はラジオから入っていくのかなとそんなことも感じる。

交通情報の際に、急に道路状況は挨拶回りのせいで、混んでいると来て、吃驚仰天。東京は何パーセントの人がその統計に入れちゃってんだよと思った。

そうやって社会に参加して関わっているのを感じながら、私も少し早めに起きて出かける支度をした。

冴えている自分がいることに気づいて悦に入っている。

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